ボッテガ・ヴェネタは、ルイーズ・トロッターによるSUMMER 2027 SHOWを2026年9月26日(土)8:00 PM(CET) (27日(日) 4時 – 日本時間)、ミラノにて発表しました。
2027年サマーコレクション-SHOW SET
ボッテガ・ヴェネタの Summer 2027 ショーのセットにおいて、クリエイティブ・ディレクターのルイーズ・トロッターは深い意味と感情を内包しながら、軽やかさと純粋さを感じさせる空間をつくり上げています。ニュートラルなカラーパレットにそぎ落とされた空間は、夏の明るく軽やかな空気感とともに、新たな可能性を感じさせます。

客席には、アーティストのイリヤ・ゴールドマン・グービンによる、樹脂でコーティングされた Karton Hocker (段ボールのスツール)が配されています。
それぞれのスツールは、彼自身が抱え込んで押しつぶした段ボール箱をもとに制作されています。互いに組み合わさる箱のふたは、レザーのフェットウーチェ(ひも)を編み込んだイントレチャートを想起させます。段ボールという見過ごされがちな素材が、身体との直接的な接触によって、唯一無二の彫刻的なオブジェへと生まれ変わります。
Karton Hocker が描かれたインビテーションも、この感覚をさらに広げたものとなっています。招待状のポスターは、ゴールドマン・グービンやボッテガ・ヴェネタで働くさまざまな人々が実際に手に取り、しわを付けています。ひとつの共同的な行為であると同時に、一人ひとりの個性をたたえるものとして構想されたこれらの痕跡が、それぞれのポスターをひとつのアート作品へと昇華させています。

ショーに先立ち、プレリュードとしてアーティストのフロリアン・ヘッカーによるサイトスペシフィックな音響作品が空間を満たします。会場には、スピーカーとステンレススチール製の音響反射板を組み合わせた 20基の構造体が吊り下げられ、各装置が異なる音を発します。それらの響きは、その場、その瞬間に雲のようなひとつのコンポジションを形づくり、まったく同じかたちで再現されることはありません。
2027 年サマーコレクションのショーには、英国人アーティストのマーク・レッキーによるオリジナルサウンドトラックが添えられます。1960年代から 1990年代にわたる、さまざまなジャンルと時代の音を織り交ぜた構成です。サンプリングされた音は、楽観的な感覚や尽きることのないエネルギー、そして無限の可能性に満ちた未来へのまなざしを感じさせます。

それぞれの座席には、手仕事で仕立てられた一輪の花が置かれています。柔らかなレザーで形づくられたその姿は、自然の美しさをたたえています。チューリップから始まり、シャクヤク、ユリと続く小さな花たちが会場に彩りを添え、やがて訪れる夏を予感させます。
2027年サマーコレクション
ミラノで暮らしていると、季節の移ろいをひときわ鮮明に感じます。光の表情が変わり、街はむき出しになることなくその衣を脱ぎ去り、人々の暮らし、動き、そして装いにも変化が訪れます。春から夏へと向かう時期には、さまざまな可能性が感じられます。重なりがひとつずつほどけていき、身体の感覚もまた、新たなものになっていきます。

ボッテガ・ヴェネタにとっても、時間は変化をもたらします。ブランドとじっくり向き合うほど、目は物語を秘めた細部へと向かっていきます。ひと目で分かるものから、意識して探すことでようやく見つかるものへと。美しさは、ただ見るのではなく、深く味わうものになっていきます。それは、自分自身を見出すことにも似た、パーソナルなものです。

本コレクションには、そうした移ろいが息づいています。夏を予感させる春。花開きはじめる夏。ある状態が、別の状態へと静かに姿を変えていきます。
心身ともに、身を守るものを脱ぎ捨て、新たな可能性を迎え入れる。衣服と身体の間には空気が生まれ、包み込むことから、解き放つことへと向かいます。
テーラリングは精緻さを失うことなく緩やかになり、レザーは羽のように軽くなります。クラフトは、さらに技巧を極めています。手仕事に宿る知性と感情、さらにはその所作が生む不完全さまでもが、目に見えるかたちで残されています。
定義もまた緩やかに解き放たれます。男性らしさと女性らしさが出会い、その境界を暖味にしていきます。それは中性的なものを意味するのではなく、異なるあり方の間を自由に行き来できるということです。

イントレチャートは、ボッテガ・ヴェネタの中核としてあり続けます。編み込まれるのは、素材だけではありません。異なる領域、所作、そして人々もまた、編み合わされていきます。コラボレーションもまた、ひとつの「編み込み」のかたちなのです。

軽やかさのなかには、楽観があります。身体も、衣服も、そしておそらく自分自身も、より自由に動くことを許す、その感覚のなかに。

夏というひとつの提案。それは、身にまとうものは少なく、感じるものはより豊かに。そして、風が連んでいける余白をあえて残すことです。


















PAGE TOP
この記事へのコメントはありません。